東京朝日新聞 絵葉書

企業系
新聞が出来るまで(一)

【概要】

明治21年、大阪に本社があった朝日新聞が、東京の「めさまし新聞」を買収。紙名を東京朝日新聞と改めました。現代の朝日新聞に系譜を連ねる存在です。

絵葉書は「新聞ができるまで」を写真で紹介しています。。取材して原稿を書いて、編集されて活字を拾って印刷して、輸送し配達して、家庭に届きます。他に、広告を司る営業局の様子も。こーいうお仕事系絵葉書は見ていて本当に楽しくて、まるで企業見学しているような気分になります。もちろんこんなに綺麗事ばかりで物事は進まないことも多いと思うのですが、最新の情報を届けるため、たくさんの人が働いていたことは相違ありません。そしてそれは、形を変えながらも現代のマスコミも同じことなのでしょう。

【内容】包紙1、絵葉書5枚

・東京朝日新聞社社屋全景 朝日大講堂 新鋭ブス・モス機 東京朝日新聞社

・新聞ができるまで(一)

・新聞のできるまで(二)

・新聞のできるまで(三)

・東朝社管轄の重なる通信販売網図

【作成・撮影年代】昭和7(1932)年か

通信欄の罫線が宛名面の2分の1の位置にある点、右から「郵便はかき」の表記から大正7(1918)年~昭和8(1933)年。さらに絵葉書中に「斎藤首相」の似顔絵、新聞の原稿に「鈴木内相」とあるので、犬養毅内閣で鈴木喜三郎が内務大臣を務め、犬飼内閣が五・一五事件で倒れ斎藤内閣が組閣された昭和7(1932)年の作成と考えられます。

【作成】東京日日新聞社

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